そこ、行ってました。

でかけた場所を淡々とメモ。

その後の悲劇

後から来た仲間とともに宿に戻る。歩くのもやっとの感じ。部屋に戻るまでの階段が本当に恨めしい。何とか上ってばたりと横たわる。少しぼーっとしたあと風呂へ。体を洗い温泉につかって心底ほぐれる。浴びたあと、旅館でも豚汁と漬物のサーヴィスがあったので頂く。うまい。体に活力が戻ってくる。そこに遅れていたもう一人が帰ってきた。何でも27kmで走行制限を食らったもののその後完走してきたらしい。お疲れ様。そして荷物をロビーに置いた。飯のあとに風呂に入った組がいたので、そいつら待ちである。
で、全員が揃ってさあ、帰ろうかと思ったときにアクシデント発生。俺の荷物がない。食堂に忘れたかと思ったがなく、ロビーの何処にもない。もう車に荷物を積み込んだのかと思ったのだがそこにもない。ない・・・跡形もなく消えてしまったのである。ここまで身辺探してないと言うことは誰かが間違えて持って帰ったとしか考えられない。どうしていいかわからない以上出発できないのだ。駅まで客を送っていった女将さんに聞いても荷物の所在不明でついにどうしようもなくなった。
とりあえず、宿に俺の連絡先を残して帰らざるを終えなくなった。さすがに、一緒に来ている仲間らをこれ以上巻き込むわけにはいかない。かばんには財布も入っていたので万が一のことを考えて郵便局の口座をとめ、クレジットカードをしよう不可能にしておく。携帯電話だけ手に持っていたのが不幸中の幸いだった。連絡は車の中で行ったのだが電波が安定しないのでまいった。でも何とか各方面の連絡を終わらせた。親へは湘南台についてからでも遅くはないだろう。
湘南台に到着。ここで気づいたのだが、鍵もすべてかばんの中に入れてしまった。つまり、俺は家に入ることすらできないのである。親にこのことを相談すると、色々なことでアドヴァイスをくれた。旅館へ改めて連絡もしてくれたらしい。本当に迷惑をかけてしまった。金もないので先輩から1000円借りる。あと、Edy携帯に3000円ほど残っていた。しばらくはこれで何とかいけるであろう。今日泊まる所もないので、YUICHIROに頼み込んで何とか泊まらせてもらえる運びとした。ただ、奴にも今日は用事があるらしく帰るのが11時ぐらいになるとのことだった。泊まらせてもらえるだけでありがたいのだから、俺はなんでもよかった。
サイゼリアで時間待ち。サイゼリアKOEのメンバーが大量にいたので焦った。あまり困ってないかのように事の顛末を話しておく。11時ぐらいになって1本の電話が。電話の電池は一になっていて危険な状態だったところにである。電話の相手はまさしく“犯人”だった。そう、間違えて持って帰った相手である。俺はも嘘の時点で元気と言う元気を失っていたから怒る気力もなくはいはいと答え、うちに荷物を送るように要求した。その後すぐに宿側から電話が掛かってきて今のことを話しておく。親にもすぐさま連絡。一番伝えたかった。とりあえず、目星がついた。はああ、心から安堵できたわけではないが、少なくとも肩の荷は降りた感じだった。
時間になったのでYUICHIRO邸へ行く。さすがに急な来客だったので部屋は汚かったがむしろそれで落ち着くことができた。少し話をした後、ようやく休むことができた。