そこ、行ってました。

でかけた場所を淡々とメモ。

就職活動、終了です。(その六)

 久々にWeblogをいじるようになって、長くまとまって文章を書くようになった。そうすると自分の書き癖や粗も見えてくるわけで、客観的に見直すいい機会になっている。この場に感謝。

(続き)
 四月某日。私は、霞が関にある、とある庁の東京分室を目指した。その日まで実家にいた私が、東京分室で行われる説明会へ行くというのも、少し妙な話ではあるが、日程の都合、そうなったのは仕方がない。それ以上に、時間がなかった。故に私は、青山通りの登り坂を、実家からのキャリアーをひきながら、汗をかきつつ、急いで向かった。ぎりぎりのタイミングで何とか間に合い、キャリアーは会場内に置かせてもらい、説明会に臨むことになった。50〜60人ほど参加者がいて、半数〜3/4ぐらいが学生、その他が学生よりかは歳行きの方が集まる、という感じになっていた。


 室長から概要と情勢についての説明、担当者から仕事内容や採用過程についての説明、そして職員2人が自分の仕事や受験対策を体験談から語る、という構成で行われた。仕事内容を語るところで、都道府県はどのような範囲で仕事をしているかを、国、あるいは市町村との違いに触れながら説明がされたのだが、広くもなく、かといって狭くもないという、中間組織であることで説明がなされていた。現職の職員であっても、都道府県の仕事の範囲を説明する上では、真ん中と言わざるをえないらしい。都道府県という存在の曖昧さが表れているな、と思うと同時に、「何故国や市町村ではなく、都道府県を志望されましたか?」と聞かれたときに、うまく「中間組織」からやるべきことがやりたい。という理由をつけるとよさそうだ、などと思った。消去法的な志望理由じゃまずいものな……など。


 そして、試験範囲と評価方法のやり方を聞いて、残念ながら……という気持ちになった。試験範囲が狭い。一次試験の点数は二次試験に持ち越せず、最終合格は二次試験の点数のみによって決まる。*1この二点が他府県庁と比べて特殊であった。この採点方法、確かに職員のダイバーシティを確保するにはいい方法であるが、筆記試験で最終合格までの差がつけられない、となると、筆記試験で逃げきろうと考えている私にとっては、あまりいい条件ではなかった。

 もちろん、この条件のおかげで、救われる人もいるだろうし、むしろそういう人のほうが多いだろう。例えば、この日説明してくださった方も、「もし、最終合格が一次試験と二次試験の総合評価で決まっているとするば、私は落ちていただろう」とやや自嘲気味ながらも話をしてくれた。とはいえ、チャンスが拡大するということで、倍率も他に比べると上がる傾向にある。


 その後、質問コーナーなどが設けられる。民間企業と違って、ここでの質問が採用と結びつく可能性が極めて低いのはありがたい。だからと言って、突飛な質問をするわけにはいかないが。質問は試験の内容よりかは、実際に働いてどうなのか、また感想、などの仕事の内容のほうが多かった。府外での仕事の可能性を質問してみたところ、ほとんどない、とのことであった。軸足をおいて仕事をすることは可能のようだと感じた。*2


 こういった内容であったが、行ってどうかと尋ねられれば、行ってよかったし、行くべきだと答える。前回の最後に案じたとおり、私は結局、地元の府へは願書を提出しなかった。当初通り、希望のS県に提出したわけであるが、とはいえ、都道府県庁の業務を知り、雰囲気を掴むことができたのは大きいと思う。そういう意味において、たとえ自分がその庁を志望するつもりがなかったとしても、広く都道府県庁を志望するのであれば、別の庁の説明会へ参加するのもアリである。もっとも、一番はやはり志望する庁の説明会に参加することであろうが……


 ここで、行政に入って仕事をすることに、改めて志望意欲が湧いた。そして、目指すための試験対策に邁進していくことになる。専門試験対策として、問題集に入ることになった。ところが、講義で勉強したはずの内容は、ほとんどが抜けてしまっていた。反復、あるいは思い出そうとしない限り、記憶は抜けていくものなのだ、ということに愕然としつつも、どうしようもなく、結局は問題集についている解説を読みながら、問題演習に励むことになった。この講義答練が、取っていた講座のメインになっているのだが、こうやって問題演習が中心になっていることに、いたく納得したのであった。


 次→http://d.hatena.ne.jp/kyoto117/20111204

*1:これを「リセット方式」と呼ぶ

*2:もっとも、南北に広く、北部で働くことになれば、南部から通勤するのは不可能であるが