そこ、行ってました。

でかけた場所を淡々とメモ。

レポ2日目

kyoto1172005-09-03


気づくと4:30。2日目の始まりである。正直眠い。が、そのまま寝続けるとあさみの地元まで連れて行かれるので顔を洗い(NOT荒井紗紀)、何とか目覚めさせる。5:50の到着なので5:30ぐらいに下船口近くに行く。したら・・・


混みすぎだろ!ヤイ!!


ツアー2組に高校の団体が1つ。もう下船口は人だらけなわけですよ。まあ、今日あるイベントを考えると頷けるのですが。とはいえ、ツアーはメンバ全員がいるのを確認するのに戸惑っている様子。流石だな。横目にしながら下船。秋田はそれほど暑くもなく涼しくも無かった。ターミナルを出たところにバス停をハケン。6:20に秋田駅行のバスが来るらしいので、それまでしばしの待機。ここで更新をしようと思って携帯を見たら


こんこんのストラップがない!!


おそらくフェリーの中で落とした模様。よほどフェリーの中に入って探そうかと思ったが、団体客が降りてくるのが見えたので断念。ああ・・・


秋田駅行のバスは定刻にやってきた。もちろん、前に座る。走り出すとすぐに土崎○○なんで地名も見え始めたのでここはどうやら奥羽本線の土崎駅に近いらしい。次にくるときは土崎まで歩くことにしようと思いながら秋田駅まで運ばれる。秋田駅に着いて、まずはこの日の第一目標男鹿線を目指す。7:06と近い時間に男鹿行の列車があったので構内のNEWDAYS
朝食の買出し。納豆巻(NOT真希)とレモンティー(NOTレモン色とミルクティー)を買う。


男鹿線ホームに向かう。やってきたのは男鹿線名物単行列車の多重連。やってきたのは4連。時間帯によっては7重連というのも来るらしいので、これくらいはまだ序の口といったところ。それにしても、高校生が結構乗ってくる。発車して、先ほどのバス路線をやや戻るような形で土崎。昔急行よねしろが止まっていたこともあってか、なかなかの駅であった。次は上飯島。その上飯島駅に行くまでに平行道路にダイソーがあるのを発見する。電池や携帯の充電器などが必要なために帰りに寄ろうと考える。追分から、いよいよ男鹿線に入る。海が見えるかと期待をしていたが残念ながら海は見えそうも無かった。天王〜船越間で全国唯一の可動橋を越える(ただし現在は動いていない) 羽立駅で男鹿半島の観光の拠点という看板を見る。はて、なぜこんな小駅が?と考えていると列車は終点男鹿に滑り込んだ。


のんびり駅から出て、さてこれからどうしたものかと考える。このままキック・ターンをして秋田に戻ったところで大曲に着くのは早すぎるし、男鹿線内で下車駅を増やしたところで、面白いこともないなあと思っていた。で、ふと地図を見ると入道崎まで行って行けない事もないということに気づく。駅前に出てみるとちょうどバス路線があるのを発見!!しかも入道崎まで行くらしい。ただし、接続のバスは今しがた出たところで、一時間後の後続のバスに乗ることになりそうだということが分かった。なら、このあたりで時間をつぶす。


とりあえず、列車の中からずっとしたかった研究に行く*1。終えた後、男鹿駅の待合室でテレビを見ながら待機。秋田魁新聞を買い読む。アイスを食べる・・・とまあ、こんなことをしているとバスの発車5分前ぐらいになったのでバス停に向かう。バス停の場所には他に男鹿観光局なるちょっとした建物があったので、その中をのぞいていると声をかけられた。建物の中に平積みされている秋田中央交通の路線図に興味を奪われていたときである。しどろともどろになりながらもその路線図を所望すると快く戴けた。あ(・∀・)り(・∀・)が(・∀・)と(・∀・)う!ございます。


入道崎行のバスは観光客と地元の人の比率が大体3:7ぐらいで座席がさらりと詰まる程度に人が乗った。走り始めたバスは先ほどやってきた男鹿線沿いに逆向きに走っていく。そして、さっきに通過した羽立駅前に到着。なるほど、これで羽立駅が男鹿半島の観光拠点になる理由が分かった。バスはその羽立駅前を過ぎた後は一路男鹿半島の内部へ向かって突き進みはじめた。主に走るのは国道だったが、さすがそこは路線バスらしく集落1つ1つを丹念に回っていく。40分して北浦という集落に着いたぐらいにようやく海が見え始めた。バスは北浦集落を抜けて入ったのは男鹿温泉街。ほう、男鹿にも温泉があったか。次回は入ってみなければ。湯本駐在所前というバス停で男鹿水族館方面行のバスとの接続。面白かったのはその接続方法で、運転手は降車口を接続バスの乗車口とあわせ乗客を接続バスの中で精算するように指示していた。つまり、その気になったら逃げられたのである。まあ、そんなことをする人はいまい。実際、湯本駐在所前には駐在所ぐらいしかなかったのだから。入道崎行はここで一気に人をおろし、残ったのは俺と地元の人2人ぐらい。彼らは入道崎在所の人らしい。2人とも岬に着く前に下りてしまった。というわけで、このバスで入道崎に降り立ったのは俺一人であった。


入道崎には見事に土産物屋が何軒か建っていた。車も結構止まっており、どうやらここは車で来るところなのだろう。せっかく入道崎に立ったので、まずは、北緯40度のモニュメントを見に行った。踏んでみた。たいしたことない(藁

とはいえ、これは北京、タシケント、アシハバード、アンカラナポリマドリッド、ニューヨークなどなどを結んでいる線なのだからと思うとちょっと感動。岬自体は崖になっているのだが、何箇所か下に降りれそうなところがあったのでそのうちの下だりやすそうなところを選び下に下りてみた。うーん、海に近いのはやっぱり気分がいい。飛び石をつたい、海と陸との境目ぐらいのところに行って腰掛けた。軽くボーっとした後に戻る。坂がけっこう急なのでまいった。そのあと、軽く草むらに寝転んだあと、先ほどの湯本駐在所にどうやって戻ろうかと考える。


男鹿駅方面に向かうバスは入道崎発12:02までない。ただこれを待っていたのでは、秋田駅に着くのが3時近くになりダイソーによることなども考えていては大曲でパニックに巻き込まれる可能性が高い。そこで一計を案じた。時刻表によるとその前に11:32に湯本駐在所始発の男鹿駅方面行のバスがあるということが分かっていた。そこで、入道崎から湯本派出所まで歩いてこのバスに乗ろうと考えたのだ。ただ、その間の距離が正確には分からない。分かっているのはバスで7分ほどかかったという実績のみ。しかし、バスで7分というとたいした距離ではない。と俺は考えた。大体、バスの表定速度が36km/時と考え俺の歩行速度を6km/時と考えるとその差は6:1。歩くと42分といったところだろう。余裕で間に合うなと考えた50分前に入道崎をでる。ヒッチハイクをしようかなとも思ったが、私にそんな勇気はなかった。(藁


アクエリアス片手に軽快なペースで先ほどのバス道を歩く。バス停も軽快に通過していき、とてもいいペースで進む。左手には蒼い海が見え、とても気持ちのいい散歩になる・・・はずだった。ところが、入道崎の在所を越えた辺りからである、一向に次のバス停が見えないのだ。見通しのいい直線道路に出ても同じくである。
「おかしいなあ・・・」
時計はすでに11:10を回っている。まだ22分あるといってもこれは少し早歩きしなければ。
と思い、ちょっと速度を上げた。しかし、バス停はまだ来ない。15分ぐらいにやっと次のバス停が見えた。立ち止まることなくなおも歩き続ける。湯本までにはあと、黒沢という在所を越えなければならないということに気づく。
まずいぞ、こりゃ。


黒沢の在所間では、まだ少し距離がある感じだった。いや、近くに感じるのだが、まったく近づいている感じがしないというべきか。20分。いまだ、黒沢の在所にはたどり着かなかった。とうとう、俺は小走りになった。しかしこれでも一向に埒の明く気配がない。こんなことならヒッチハイクすべきだった・・・と思ってももう後の祭り。23分、西黒沢バス停に到着。ここで、俺はとんでもないことに気づいた。
湯本までバス停があと2つある・・・
愕然とした。


25分、このままでは間に合うわけがない。俺は、ザックの肩ベルトをしっかりと締め、勢いよく走り出した。走っても、間に合わないのではないか。とは思ったが、走る他はない。最悪、男鹿温泉で捕まえられればよい(バスの経路上追いつくことが可能と踏んだ。)と思い。
28分。黒沢口のバス停通過。
次だ!!


絶望的な思いはありながら俺は懸命に走った。そんな29分。肉眼で止まっているバスの頭を捕らえた。


見えた!!!


一気にスパートをかける。ラドクリフじゃないけれど手を振り、頭を振り、必死の形相で。そして、湯本駐在所前、31分。バスが発車してしまわないように手を振りながらバスのところへ向かい転がるようにして乗り込んだ。バスは、定刻32分。何事もないように発車していった。


バスは先ほど来た道を丹念に戻り、羽立駅前に到着。ここで下車し、羽立駅で秋田行の列車を待つ。男鹿線に乗り込む。座席はやはり75%ほどの乗車率。空きが見つかったので座る。そのまま、奥羽本線上飯島駅まで乗車。どんどん車内は埋まり二田あたりで立ち客も出た。上飯島につくころはかなりの人が立っていた。上飯島で降りることを訝しがられながらも下車。


駅から道路に出るのにやや苦労する、さすが旧信号所。平行道路を1kmほど歩いていくと国道と旧道との分岐が現れた。さてどちらにいくのかと迷っていると、国道のほうにダイソーの看板が見えた。おk。行くとしよう。しかし、お目当てのFOMAの充電器がなく(AUmovaとかはあるのに)無駄足に終わる。ダイソーはダメだ。このまま上飯島に戻るのもしんどいので、平行道路に走っている秋田中央交通のバスを狙うことにする。とりあえず、手近なバス停に着いたがまだバスが来るまで時間があるらしく、コンビニ探しがてら、バス路線の道路を秋田駅方面に向かって歩いていく。結局、コンビニこそ見当たらなかったが

飯田街道

なる、娘。の駅の旅におあつらえ向きなバス停を見かけたのでここでバスを乗り乗車記録を残すことにする。


飯田街道からバスで秋田駅へ。途中から朝のバス路線とまったく同じ道を走り出した。秋田駅に着くと朝とは比べ物にならない人の量。まあ、日が日だけにそうなのかもしれない。秋田駅では花火10号に乗る人の列が出来ていた。大曲に行くためにはこの列に並ばなくてはならないのかと思ったら、この列車だけと言われたので安心して15:11の新庄行を待つ。新庄行は発車30分以上も前に入線した。もちろん701。この旅初めての701系である。荷物を置いて駅弁の買出しに向かう。ぱっと目に入ったとりめしを購入。うまかったのは別によかったのだが、これ、大館駅弁やん。


新庄行はどんどん混んできた。701冥利には尽きるのだろう。と考えているとついにいつもの小田急線と変わらない感じにさえなってきた。しかも、普段はみんな列車に乗ったことがないのだろうか、平気で床に座り(決して若者だけではない、むしろオサーン オバーン)通路に持ってきた折りたたみ椅子を出す。
おまーら、マナーはどうした?あぁ!?(NOTあぁ!)
そんなこんなで新庄行は定刻2分遅れての発車。軽快に走る701。大張野が結構秘境ぽいなーとか、刈和野〜神宮寺間の三線軌条すげえと見つつ大曲に到着。降りると、これは・・・・・・


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以上。気持ち悪い。蠢く人々。駅内を歩く俺たちはまさしくコレステロールたっぷりの血液ですよ。何とか下車。駅前の酒屋でこれからの旅でちびちびやる用の日本酒を購入。やまとしずく。覚えておこう。おいしい。


イベント鉄則の一つ。人の向かっていく方向に向かって歩いていくこと。これによって会場の雄物川河原に到着。会場に入るにはパスが必要らしかったのだが、ドサクサにまぎれて中に入ることに成功(オイ
とりあえず、昼花火が始まるまでボーっと待つ。昼花火が始まった。一応説明しておくと、まさしくその名のとおり昼の花火。主に煙の色と花火の色で争う。とのこと。ただ、あまりすごいのは見れなかった。やはり限界がある。


夜花火まで少し待つ。ビールと焼きそばを持って準備万端。6:50に始まった。爆竹の轟音とともにスタート。この大曲の花火は競技会でもあり、おらが村の自慢の花火師が最高の一品を持ってくるという側面もある。一発目。


ぱっぱっぱっ・・ドゥバーン


夜空に花が咲いた。いや、ページェントというべきか。感動した。(どうも小泉がつかってから安もんくさくなったなあ、この言葉)こんなに綺麗なものが出来るなんて!!いや、なんと表現しよう・・・儚い・・・故にその一瞬が素晴らしく・・・あえて言うなら、時間があるからこそ素晴らしい芸術なのでは、と。


大曲の花火については実はもうこれ以上書かない。俺が書いてもうまく表現できないからね。
すげえ、うん。(NOT拝読・ピカソ)
帰りの話に飛んじゃおう。


どうもマナーがよくない。堤防まで階段を上がるときに規制退場をかけて危なくないようにしているのに(後ろから押される可能性があり危険)それに対して止めるなとケチをつけているおばはんがおったり(こいつに関してはマジで俺がキレたらおとなしくなったが)でここは、もっと住民の心意気を揚げねばならない。(最も、これは関東かどこかのツアー客だろうが)売れ残りの焼きそばを3パック500円で購入。これはいい食料になる。さらにイカ焼きとホタテも3パック300円で手に入れる。いいつまみになる。


この後は奥羽本線で横手まで乗り一ノ関行きへとつなぐ。しかし、奥羽本線横手湯沢方面行の電車だけが長蛇の列だった。秋田方面や角館、雫石方面の電車も混んではいたが、横手方面のみが駅から数100m離れたところまで列が続いていた。ハア?何でや?
残り2本の電車で乗せられるんかいなと案じたが、JR側が増結車を出したため、予定より1便早い電車にすら乗れてしまった。あぁ(NOTあぁ!)、もうマナーマナーと書きたくないのだけれどここでも苦言を申し述べたい。電車が来た。すると乗客がすごい勢いで後ろから押してきた。みんな走って乗ってきた。壮絶な、というか醜い以外の何者でもない争奪戦が行われた。何も、これだけなら怒ることもない。もちろんひどいが、18ユーザーは何度も経験したことがあるだろうし。問題だったのは俺が座ろうとしたところをいきなり押しのけて座った奴がいたことだ。これはひどい。もう座る体制まで入っていたのである。しかし、もっとひどかったのはのり口で一人がこけたことだ。打ち所が悪ければ病院へ行かなければならないかもしれないし、もちろんその影響で、電車がストップする可能性もあったのだ。


俺は乗った奴らに対して誰ともなくぶちきれた。
「もっと落ち着いて乗ることぐらいなんで出来へんのや!!大怪我とかにつながったらどないすんねん!!危険この上ないわ!!ほら、こけた人おるやないか」
俺はそのあと車両の端にいたのだが、誰も近づこうとはしなかった(藁


そんな院内行に乗って日付を越え、3駅横手まで移動。疲れた。とりあえず、乗り換えるか。と思ってこ線橋を越えて今日の最終列車(?)一ノ関行をみると、なんと単行!!確かに運転する方はしんどいとは思うよ。でも、単行って・・・そして、列車はすでにかなりの乗車率。時間が時間だけに床にへたり込む人も多い。俺もこの列車では寝ようと思っていたので恥も臆面も捨てて時刻表の上に座り寝る。相野々和賀仙人、北上でふと意識が戻る。北上で大量の人が下車。ようやく席にありつく。気がつくと一ノ関に到着していた。ボケながら駅を出る。待合(NOT待ち愛)室で寝ようと思っていたが追い出される。同じような境遇の人が5〜6人いたんやし、今日位は許してもええやろ。とは思ったが、一ノ関は杓子定規でした。


駅前、何もなし。ファミレスがあればそこに行こうと思っていたのだが、なし。庄やとラーメン屋とカラオケしかない。このときはまだ2日目だったのでファミレスか何かを探そうと駅から歩いてみることにした。はっきりいって、怖い。何がでてくるか分からないので。川を渡る。寒い。フリースを着込む。歩く。何もない。怖い。4号線があるらしい。4号線なら幹線だし吉野家ぐらいあるだろうと思ってさらに歩く。疲れた。眠くないのはしんどいからだろう。今日いったいいくら歩いてるんだ・・・4号線に着いた。が、やっぱり何もなし。闇夜に浮かぶ一ノ関警察の警邏灯と「けいさつ」の文字が妙に怖い。仕方がないので、一ノ関駅まで戻る。誰もいない夜の一ノ関は本当に怖いで。途中コンビニで時間をつぶしながら行く。が、当然コンビニには俺ぐらいしか客がいないので時間をつぶすことも出来ない。結局、一ノ関駅に戻ってきたのは4:30ごろ。まだだいぶ時間がある。とりあえず、ボーっとすることしかやることがない。5:20ぐらい。ようやく駅が開いた。待合室で、またまたボーっとする。ようやく大船渡線1番列車さかり行(何故か表記がひらがなだった。気持ち悪いことこのうえない)の改札が始まった。ちなみに18切符の日付は昨日の横手ですでに入れてもらっていた。5:50ぐらい、さかり行が入線。乗車した途端眠りに着いた・・・


(壮絶な2日目終了)

*1:トイレの隠語